ようじょ大好きシナリオライターの不定期に呟く日々彼是
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・マイミクさんがネタにされていたのに便乗して
【働きビト】会社の“飲み”好き派約7割、求めるのは1位「人脈作り」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&id=908069
飲みの場でついつい出てしまう『愚痴』。
その対象は身近な他人から、社会全体にまで多岐に渡ります。
確かに、これを言ってばかりでは、本人にもそして周りの人にもよくない影響を与えます。
「他人の愚痴を言えば、それは必ず自分に跳ね返ってくる」と思うなら、言わないようにしようというのも納得が行きます。
ですが。
では、人間が関わりあう上である意味必然的に発生するであろう『イラっとする感情』を、愚痴をこぼす以外に何で発散するのかを考え出すと、この問題は複雑なことになってきます。
ちなみに自分は、他人の愚痴は言わないようにしていますが、同時に自分の愚痴がどこかで言われているだろうとも思っています。
『私は他人の愚痴は言わない。だから誰も私の愚痴は言わない』ともし思っているのだとしたら、それは大体間違いになってしまうと思うのです。
愚痴をこぼすというのは、おそらく最も手軽かつローコストに、イラっとする感情を発散できる手段であると考えます。言葉を話すことができさえすれば、誰にでもできます。
そして、多分人間が最も最初に覚える手段も、これなのではないでしょうか。
しかし、様々な要因の結果、誰かに愚痴を零すことに効果が見込めない場合(話す相手がいない・話すことに罪悪感を覚えるなど)、それでも溜まってしまうイラっとする感情を発散するためには、別の手段を身に付けなければならなくなります。
それは酒、それはセックス、それは自傷、それは薬物……この世には実に様々な手段が存在します。そしてそのどれもが(愚痴を零すことでさえ)、中毒性・依存性を孕んでいると思うのです。
だから理想としては、『バランスのよい食事』ではありませんが、より多くの手段を適度に・程々に利用して、どれかの手段に依存することなく、イラっとする感情の発散をしていく、だと思うのですが……まあ、難しい話ですよね(ヽ´ω`)
それでも多分、他人と話をする(バカバカしい話でも、ガチな話でも)ことは、『最も副作用の少ない薬』だと思うのですよ。
例えばそれまで6割を薬物・自傷により発散していたのが、たった1人そういう相手を見つけられたことで3割に軽減されるなら(まあ、ゼロにはならないでしょうねえ、簡単には)、十分な効果とも言えるでしょう。
後は、イラッとする感情を受ける何かそのものについて検討を重ね、それが余りにもマイナス効果しか与えないのであれば(例え自らの未熟さが要因であったとしても)、ばっさりと切り捨てることも時には必要なのかもしれません。
よく『関わりあったものを全て好きになろう』という考えを見ますが、それは裏を返すと『どこか一つでも自分という存在を不要に思われたくない』という怖れ(全てを愛さなければ自分は愛されない、ともいうのでしょうか)から来るのかもしれません。
でも、全てを愛するのも、全てに愛されるのも、不可能とは言いたくないですが、やっぱり不可能です。
『毎日が幸せでありますように』、つまり、毎日の『幸せ度合い』が常に閾値より上な状態が実現不可能であるように(それがあったら楽園なんでしょうが)、どこかからは憎まれ、そしてどこかは必ず憎むものであるようにも思います。
どこかに憎まれるのはむしろ仕方ない。自分もきっと誰かに少なからず憎まれているのでしょうが、それもまた社会。
さすがに憎まれっぱなしでは心が折れますが、どこか誰かに愛されて、自分も愛し返して、総合的に見てプラスな効果になっていたら、それでいいじゃないですか、と思ってしまうのは妥協でしょうかね(ヽ´ω`)
……何か、だらだらと書いていたら、誰かへの意見だったり、自分に言い聞かせていたりとゴチャゴチャになってきたのでこの辺りで。
・挨拶で僕らは分かり合える
あいさつで変われる人、ストレスを増やす人
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&id=910223
http://allabout.co.jp/health/stressmanage/closeup/CU20081108A/
挨拶をすることは、簡単なことのように見えて実は結構凄いことだと思います。
それがほんの少しであったとしても、『分かり合おうとしている』ことを表しているのですから。
>あいさつは「3秒間のセッション&コーラス」
挨拶をするだけで、今日この人はどうかな、調子が悪いのかな、機嫌よさそうだな、くらいのことは分かるわけです。そうすればその後の対応にも幅を利かせることができます。
ところが挨拶をしないと、これら全てが分かりません。そしてその内どう対応すればいいのか分からなくなり、やがてすれ違いへと繋がっていくのだと思います。
直接声を交わすことができなくても、例えばメールでも、決まった時間に一通打ってみれば、その対応で何となく相手の様子が分かります(まあ、これは予測でしかないので、相手の意図によっては違うこともあるのですが。その時は相手の意図まで考えた上での判断が必要なのですが)。
そうやって少しずつ分かり合うことを続けていけば、そうそうすれ違うこともないんじゃないでしょうか。裏を返せば、分かり合う努力を怠れば、人はすぐにすれ違ってしまうものなのかもしれませんが(ヽ´ω`)
【働きビト】会社の“飲み”好き派約7割、求めるのは1位「人脈作り」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&id=908069
飲みの場でついつい出てしまう『愚痴』。
その対象は身近な他人から、社会全体にまで多岐に渡ります。
確かに、これを言ってばかりでは、本人にもそして周りの人にもよくない影響を与えます。
「他人の愚痴を言えば、それは必ず自分に跳ね返ってくる」と思うなら、言わないようにしようというのも納得が行きます。
ですが。
では、人間が関わりあう上である意味必然的に発生するであろう『イラっとする感情』を、愚痴をこぼす以外に何で発散するのかを考え出すと、この問題は複雑なことになってきます。
ちなみに自分は、他人の愚痴は言わないようにしていますが、同時に自分の愚痴がどこかで言われているだろうとも思っています。
『私は他人の愚痴は言わない。だから誰も私の愚痴は言わない』ともし思っているのだとしたら、それは大体間違いになってしまうと思うのです。
愚痴をこぼすというのは、おそらく最も手軽かつローコストに、イラっとする感情を発散できる手段であると考えます。言葉を話すことができさえすれば、誰にでもできます。
そして、多分人間が最も最初に覚える手段も、これなのではないでしょうか。
しかし、様々な要因の結果、誰かに愚痴を零すことに効果が見込めない場合(話す相手がいない・話すことに罪悪感を覚えるなど)、それでも溜まってしまうイラっとする感情を発散するためには、別の手段を身に付けなければならなくなります。
それは酒、それはセックス、それは自傷、それは薬物……この世には実に様々な手段が存在します。そしてそのどれもが(愚痴を零すことでさえ)、中毒性・依存性を孕んでいると思うのです。
だから理想としては、『バランスのよい食事』ではありませんが、より多くの手段を適度に・程々に利用して、どれかの手段に依存することなく、イラっとする感情の発散をしていく、だと思うのですが……まあ、難しい話ですよね(ヽ´ω`)
それでも多分、他人と話をする(バカバカしい話でも、ガチな話でも)ことは、『最も副作用の少ない薬』だと思うのですよ。
例えばそれまで6割を薬物・自傷により発散していたのが、たった1人そういう相手を見つけられたことで3割に軽減されるなら(まあ、ゼロにはならないでしょうねえ、簡単には)、十分な効果とも言えるでしょう。
後は、イラッとする感情を受ける何かそのものについて検討を重ね、それが余りにもマイナス効果しか与えないのであれば(例え自らの未熟さが要因であったとしても)、ばっさりと切り捨てることも時には必要なのかもしれません。
よく『関わりあったものを全て好きになろう』という考えを見ますが、それは裏を返すと『どこか一つでも自分という存在を不要に思われたくない』という怖れ(全てを愛さなければ自分は愛されない、ともいうのでしょうか)から来るのかもしれません。
でも、全てを愛するのも、全てに愛されるのも、不可能とは言いたくないですが、やっぱり不可能です。
『毎日が幸せでありますように』、つまり、毎日の『幸せ度合い』が常に閾値より上な状態が実現不可能であるように(それがあったら楽園なんでしょうが)、どこかからは憎まれ、そしてどこかは必ず憎むものであるようにも思います。
どこかに憎まれるのはむしろ仕方ない。自分もきっと誰かに少なからず憎まれているのでしょうが、それもまた社会。
さすがに憎まれっぱなしでは心が折れますが、どこか誰かに愛されて、自分も愛し返して、総合的に見てプラスな効果になっていたら、それでいいじゃないですか、と思ってしまうのは妥協でしょうかね(ヽ´ω`)
……何か、だらだらと書いていたら、誰かへの意見だったり、自分に言い聞かせていたりとゴチャゴチャになってきたのでこの辺りで。
・挨拶で僕らは分かり合える
あいさつで変われる人、ストレスを増やす人
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&id=910223
http://allabout.co.jp/health/stressmanage/closeup/CU20081108A/
挨拶をすることは、簡単なことのように見えて実は結構凄いことだと思います。
それがほんの少しであったとしても、『分かり合おうとしている』ことを表しているのですから。
>あいさつは「3秒間のセッション&コーラス」
挨拶をするだけで、今日この人はどうかな、調子が悪いのかな、機嫌よさそうだな、くらいのことは分かるわけです。そうすればその後の対応にも幅を利かせることができます。
ところが挨拶をしないと、これら全てが分かりません。そしてその内どう対応すればいいのか分からなくなり、やがてすれ違いへと繋がっていくのだと思います。
直接声を交わすことができなくても、例えばメールでも、決まった時間に一通打ってみれば、その対応で何となく相手の様子が分かります(まあ、これは予測でしかないので、相手の意図によっては違うこともあるのですが。その時は相手の意図まで考えた上での判断が必要なのですが)。
そうやって少しずつ分かり合うことを続けていけば、そうそうすれ違うこともないんじゃないでしょうか。裏を返せば、分かり合う努力を怠れば、人はすぐにすれ違ってしまうものなのかもしれませんが(ヽ´ω`)
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プロフィール
HN:
猫宮 烈
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/06/24
職業:
自宅警備員兼ライター(汗
趣味:
アニメ・ゲーム・小説・麻雀
自己紹介:
ようじょ大好き。ぱんつ大好き。ねこ大好き。
……順番おかしくない?
こんなヤツですが、色々なところでちょこちょこと執筆のお仕事してます。
今は『蒼空のフロンティア』にてゲームマスターとして、日々ようじょとぱんつと戯れてます。
※『蒼フロ』関連については公式サイト内ゲームマスター個人ページで取り扱っております。
※こちらでは『猫宮烈』の近況報告など出来れば。……そちらの方を充実させないとですね(汗
……順番おかしくない?
こんなヤツですが、色々なところでちょこちょこと執筆のお仕事してます。
今は『蒼空のフロンティア』にてゲームマスターとして、日々ようじょとぱんつと戯れてます。
※『蒼フロ』関連については公式サイト内ゲームマスター個人ページで取り扱っております。
※こちらでは『猫宮烈』の近況報告など出来れば。……そちらの方を充実させないとですね(汗
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